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沖縄文学の100年を体系的に綴った「沖縄文学の一〇〇年」が発売

2019年7月25日

沖縄の文学史を年代別に綴った新書「沖縄文学の一〇〇年」(ボーダーインク)が発売中。

本書は、1910年前後から2000年代までを10年ごとに章分けし、文学者と作品、そして、その時代背景を丁寧に追っていく。著者は、2009年3月に定年退職をした、琉球大学の法文学部文学科で教鞭をとった仲程昌徳氏。

1909年(明治42年)4月16日の「沖縄毎日新聞」に、同紙記者の伊波月城(いは・げつじょう)は「明治四十二年は沖縄に於ける文芸復興の第一号と見て差し支えないと思う」という文言を記した。

そのきっかけの一つが、その2日後に、奥武山(おうのやま)公園で行われることになっていた「連合琉歌大会」だった。

著者の仲程氏は、2011年に発表された一篇の詩に時代の動きを実感する。その理由として、琉球の言葉から日本語による表現の変化、沖縄の詩人が東京を目指した結果生まれたという背景、沖縄への客観的な眼差しの3つのポイントを挙げた。

沖縄の文壇における“東京指向”は強くなっており、“首里の文学青年”といわれた末吉安持(すえよし・あんじ)は1904年に上京し、翌1905年には、与謝野鉄幹と与謝野晶子が主宰する「新詩社」の同人となり、「明星」に詩作を発表するようになる。

1930年代になると、宮城聡、与儀正昌(よぎ・せいしょう)ら、沖縄出身で初めて作家として生活するようになる人が生まれるように。

そして、1940年代は、いわゆる戦前、戦後で、前後期に分けられるが、思想家の柳宗悦(やなぎ・むねよし)らを巻き込んだ「方言論争」が巻き起こり、1950年代には沖縄戦の検証が行われる。

1960年代に入ると政治の特殊性から沖縄文学“不毛”論が出てくるが、作家・五木寛之氏は「沖縄というところは文学的な素材」や「モチーフをすごくはらんだ土地」と明るい未来を見せ、ついに1990年代に入り、池上永一氏が「バガージマヌパナス」を発表、1996年には又吉栄喜氏の「豚の報い」が第百十四回芥川賞を受賞する。

2000年代になると、言葉も標準語化し、沖縄にこだわらない作品が増える一方、著者の仲程氏は「沖縄にこだわらずに書かれた作品を『沖縄文学』と呼ぶことができるだろうか」と結ぶ。

ただ、仲程氏がそう綴った言葉の裏には、そんな思いを大きく裏切るような、新しい沖縄文学の誕生を願ってやまない期待感を読み取ってしまうのは、いいように考えすぎだろうか。

次の区切りとして、2020年になった時、沖縄文学の20年間を振り返る仲程氏の考察を楽しみに待ちたい。そう思わないではいられないほど、仲程氏の沖縄文学への愛が伝わってくる1冊だ。

「沖縄文学の一〇〇年」
発売中 1,500円(税別) ボーダーインク